日帰り散歩 美保関


美保関それは昭和の夏休みまいことミカンの山陰珍道中

前回の春まだ遠い大山から、今回は一気に夏模様の天気の中、美保関を訪れてみた。古くは神話にも登場する町であり、出雲風土記によれば八束水臣津野命が大山に杭を立てて、弓ヶ浜半島を綱にして越の国(新潟県)の一部を「国来い、国来い」と引き寄せて出来たのが三穂の岬、現在の美保関であるという。

まずは美保関灯台を目指し、一路車を走らせることにした。米子から境港大橋を抜けて海沿いの道は、なかなかのドライブコースだ。境港大橋から美保関灯台への道には「しおかぜライン」という名前も付いている。ただし、境港大橋は怖い。橋の下を船が潜り抜けるという仕様のため、海の上を飛んでいるような高さだ。ミカンは絶好の景色だとばかりにシャッターを切っているが、私は固まったままハンドルを握り続ける……。

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美保関灯台は明治31年に作られた、山陰最古の石造り灯台である。現存する明治の建造物として、歴史的、文化的、建築技術的価値が高く評価され、平成10年、「世界歴史的灯台100選」の一つに選ばれた。海抜73メートルの高台の上に立っているため、灯台自体はさほど高い建物ではなく、崖の上にポコッと載った白い帽子のよう。天気もいいため、親子連れやカップルなどでなかなかの盛況ぶりだ。灯台そばの展望台からの眺めは素晴らしかった。視界一杯に開ける海。180度全部海というか、地球って丸いんだなあと、今更ながらに思えてくる。子供たちも歓声を上げていた。

おなかが空いてきたので、元は職員の宿舎である灯台ビュッフェにてミカンとお昼ご飯をとることにした。灯台ビュッフェは昭和のたたずまいだ。子供のころ、親に連れてきてもらったことがあったが、その頃から良くも悪くも変わってない印象だ。

やはり海の町ということで、私はいかめし定食。いかめし&いか刺しのいか堪能セットである。海を正面に見ながら食べる食事はまた格別だ。そして私の隣には、なぜかハンバーグランチを楽しむミカン。海の町に来てなぜに肉を食べる?ちなみに彼女は前回の大山でも、大山そばを食べる私の向かいで親子丼を食べていた……。マイペースというか、なんというか。面白い人だというのは確かだ。

おなかも落ち着いたところで、美保神社へ向かうことにした。途中、岸壁には釣り人がチラホラと。岡山から来たとのことで、詳しく話しを伺ったところ、釣り雑誌やテレビの釣り番組にもたびたび登場する有名な方だということだ。今日はマゴチを狙うらしい。ちなみに「ちょっと雑誌の取材でお話を伺いたいのですが?」と尋ねたら、「釣り雑誌じゃないよね?だったらいいよ0」とのことでした。岸壁にヒールの高いサンダルで来るバカ姉ちゃん(私だ)がまさか釣り雑誌の記者のわけがないよ……。私は釣りをしたことがないが、よく晴れた夏の休日、こんな過ごし方は悪くない。大人の夏休みという風情だ。

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美保神社は、大社造りを2棟ならべて装束の間でつないだ「美保造り」と呼ばれる建物であり、国の重要文化財にも指定されている。正面向かって左手が漁業・商業をはじめとする生業の守護神・事代主神が鎮座された右殿、向かって左手は農業と子孫繁栄の守り神・三穂津姫命(みほつひめのみこと)がおられる左殿である。神社の歴史は古く、奈良時代以前にはすでにこの地にあったとされるが、戦国の世の戦乱で全てを焼失し、現在の本殿は文化10年(1813)の造営、拝殿は昭和3年の建築である。

美保関灯台と違ってこちらは訪れる人も少なく、森閑とした空気が漂っていた。石段を登ってふと後ろを振り返ると、鳥居越しにすぐ50メートルほど先にはもう海が広がっている。この不思議な感覚。潮風を背に受けながら、「なんとか原稿が書けますように……」と必死の祈りをささげてみた。

境内を歩き回っていると、大きな鯛の模型があった。平成10年に遷宮した際に奉納されたものだということだ。
突如現れた大きな鯛の模型にも驚くが、その鯛が載せてあった台が印象的だ。
祭りで海に出る人々、といったテーマの絵が描いてあるのだが、その絵が妙に劇画タッチ。
誰が描いた絵なのか、そちらの方が気になってしまった。 相変わらず神仏に対する姿勢がいいかげんな私である。
自戒のためにもお守りを買って帰ることにした。
こちらにも勢いよくはねる鯛の絵が付いていた。なかなか可愛い。

神社を後にし、鳥居をくぐったすぐ左手には青石畳通りという小道が出来ている。ぶらぶらと散策していると、何か子供のころに帰ったような「昭和」が味わえる。歩いていると「醤油アイス」ののぼりに目が止まり、「太皷醤油店」というお店に入ってみた。早速、件の醤油アイスを早速いただいてみた。カップを開けるとほんのり漂う醤油の香り。味は砂糖醤油のおもちを食べたときのような甘辛味だ。真夏の昼間を歩き回った体に甘味と塩気が心地よい。明治42年から続く老舗の醤油店で、このアイスは安来のわたなべ牧場と提携して作ったそうだ。北前船が寄港することや、おいしい魚がとれることから醤油作りを始められたそうだ。家へのお土産にと購入した醤油のラベルを見てみたら、太皷さんという苗字だと判って驚いた。商売上の屋号かと思いました。

道のあちこちには美保関ゆかりの文豪の美保関にちなんだ小文が飾ってある。ラフカディオ・ハーンいわく「夜の美保関は日本西部地方で最も騒がしく、最も面白い小港の一である。」とのことらしい。静かに続くこの道からは、往時の賑わいは遠い昔のことのようだ。

しかし、こういう言い方は語弊があるかもしれないが、この静かさというか寂れ具合がこの町の魅力のような気がしてきた。灯台ビュッフェのたたずまいもかなりの「昭和」ぶりだったし、この青石畳通りもそうだ。子供のころの夏休み、夕方になって友達がひとり、またひとりと帰っていき、気が付けば自分ひとりになった路地の帰り道。どこからか夕餉のにおいが漂ってくるようなそんなノスタルジックな気持ちがよみがえってくる。「昭和の夏休み」、そんな一日を過ごしてみたくなったら、美保関がおすすめです。

さんいんキラリ No.04 より転載


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