粟島の山頂から落陽を映して輝く中海 神の宿る山と森から、その絶景を味わうひととき
ここ「粟嶋神社」から望む中海の夕景は、古くから景勝地として語り継がれてきました。
中腹の展望台からは、中海の大パノラマが一望できます。
天気の良い夕暮れ時にはここへ足を運んで、中海に夕陽が沈みゆく美しい絶景を味わってみませんか?
標高38mの小高い丘・粟島は、米子水鳥公園からもほど近く。
187段という長い石段を登りつめると、手に乗るほど小さい姿をした神様「少彦名命(すくなひこなのみこと)」を祀る「粟嶋神社」があります。
粟島は、今では米子市内と陸続きですが、江戸時代までは中海に浮かぶ小さな島でした。
いにしえより“神の宿る山"として信仰され、「伯耆風土記」によると、「少彦名命」が粟の穂に弾かれ、常世の国へ渡られたため、この地は粟島と名付けられたといいます。
また、まわりにうっそうと茂る原生林の森は、“神の宿る森"として1000年以上の長きにもわたり、大切に守られてきました。珍しい植物の数々が自生しており、鳥取県の天然記念物、また米子市の名勝にも指定されています。
ここから望む「粟島の秋月」は「錦海八景(きんかいはっけい)」とも言われてきました。「錦海」とは、中海の古い呼び名。粟島の山頂から落陽を映して輝く錦海……。神の宿る山と森から、その神々しいまでの絶景を味わってみませんか?
陸続きだった頃にできたと伝えられる洞穴「静の岩屋」には、儚い伝説も
粟島の洞穴は「静の岩屋(しずのいわや)」と呼ばれています。
その昔、このあたりの漁師の集まりで、珍しい料理が出されましたが誰も気味悪がって食べず、ひとりの漁師が家に持ち帰りました。
それを、何も知らない娘が食べてしまいました。
その肉は、いつまで経っても寿命が来ないと言われている人魚の肉。
人魚の肉を食べてしまった娘はいつまで経っても18歳のまま、寿命が来ません。
やがて世をはかなみ、尼さんになって粟島の洞窟に入り、物を食べずに寿命が尽きるのを待ちました。
とうとう寿命が尽きたときの年齢は八百歳。
その後「八百比丘(はっぴゃくびく)」と呼ばれ、延命長寿の守り神として祀られるようになりました。
所在地 | 鳥取県米子市彦名町1404番地 |
電話 | 0859-29-3073 |
駐車場 | あり |
アクセス | JR米子駅より車で10分 |